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ギター趣味人

1000-01-031-3. あがるということ…緊張について

さて、人前での演奏、すなわち

ライブをしてみて、まずもって壁となったのが、

「あがり」だ。

本当に、人前で演奏するにあたって

「あがる」っていうのは、

議論のつきないネタだと思う。


中年になって久しく

「あがってしまった」

などということは忘れていたのだが、

「これほどぼろぼろになるかあああ!」

と叫んでしまいたいくらい思い知らされた。


真剣にまずいと思って、

本でも読んで勉強もしなくてはならないかなと

思ったくらいだ。

ちなみに、まじめに探してみると、

『「あがり」を克服する―ヴァイオリンを楽に弾きこなすために』

カトー ハヴァシュ (著), Kato Havas (原著), 藤本 都紀 (翻訳), 今井 理瑳 (翻訳))

というそのものずばりの本もでている。

バイオリン関係の書物。結局今のところ自分は読んでいないが)

クラスタ田中マスターは、

「最初のうちは、人前での演奏では、

 実力の30%も出せればいいほう」

といっていたが、本当にそのとおりだと思った。


この節では、そのあがるということについて

綴ろうと思う。



あがるということ

クラスタフリーコンサートには

既に何回もでているので、

「もう緊張しないでしょう。

 全く緊張してないようにみえますよ。」

などと言われるようになった。


でも、実際は、そんなことはなく、

多分、いつまでたっても緊張をしなくなることは

ないだろうと思う。


ひどい緊張だとどうなるのか。

1-1でクラスタでのフリーコンサート

最初のとき、ひどかったと書いたが、

具体的にどんな感じだったのか、

恥ずかしながら紹介しよう。


まず、最初挨拶

さすがにこれは普通だったが、

ふと顔を上げた瞬間、観客のみなさん

(といっても十数人だが)の視線にたじろぐ。


それで早速、そこからのMCからして

相当あがってしまう。


こんなこと話そうかなと考えていたことなど、

あっというまににぶっ飛んでしまっていた。


本当は、このような状況になってしまったら、

あまりしゃべらない方がいいのだろうが、

そんなことはもちろん頭がまわるはずも無く、

いらんことを話してしまう・・・。

(後で自己嫌悪に陥る・・・)


自分の場合、同じ単語を、

何回か繰り返してしまった。

内心、

(「やばい・・・なにいってんだろう・・・」)

という状況。


汗が吹き出てくる。

(「ちょっと赤面してるかなあ、」)

などと思いつつ、早く演奏にいこうと思う。

「では」

と、おもむろに弾こうとする。

観客の方も、

「おっ、始まるな」

といって注目する。


そうしたとき

(「あれ、チューニングしたっけ?」)

と思い出してしまい、

「ちょ、ちょっと待ってください」

などと、再チューニングをする。

(「自分って、なんて間が悪いんだ・・・・」)

とさらに焦る。


そそくさとチューニングを済ませ、じゃ、と演奏を始める。


(「あれ・・・あれ!・・・これが自分の音?・・・・」)


自分は、サイレントギターなので、

元々ピックアップを通した音で練習しているが、

自分が家で聴いている音と違うのだ。


そんなの当たり前なのだが、

すでに普通の自分でないのだ。

「当たり前だ」

なんて冷静に受け入れることなどできない。

(「ああ・・自分が弾いているんじゃないみたい・・・

 でも、確かに自分が弾いている」)


ここで、あまりに「自分が弾いている感の喪失

が大きい場合、最悪の「真っ白」となり、

演奏がとまってしまう。


クラスタでの初フリーコンサートときは、

確実にそのリーチまでいっていた。


以上が、自分の初のクラスタフリーコンサートとき

あがりの状況。

(とっても恥ずかしい・・・)


この状況後、自分の演奏が終わって、

他人の演奏を見る側になると、

自分と同じように「あがってしまう人」に対して、

思いっきりやさしくなれる自分に気づいた。



『あがらない、緊張しない方法』はあるのだろうか?

あがらない方法というのは、あるのだろうか?

クラスタフリーコンサートが終わった後の

談義タイムでも時々この話題になるし、

インターネットブログで書いている人もけっこういる。

実は、自分はインターネットで、いろいろ探して読んだのだ。  

(先述の本はそのとき見つけたもの)


ちなみに、クラスタ田中マスターは正攻法だ。

「まず暗譜。そのあと、間違いなく弾くことを5百回やる。

 そうすればあがらない。」

とのこと。


納得。それはそうだ。

5百回間違いなく弾ければ確かにあがらないだろう。

でも、この方法は5百回弾く事自体に

飽きてしまうだろう自分には、

できない方法なのだった。  


ちなみにマスターはいつもうまい人の

演奏を聴き過ぎている職業病だろうが、  

「あがらなくて困っている」

のだそうだ。



さて、いまの自分は、とりあえず、

上記に紹介したような、最悪のあがりはなくなった。


いくつか理由がある。


一番の理由は、

”緊張、あがり”についての考え方が変わったことだ。



うまく弾けることの先に

「うまく弾きたい」

この気持ちは演奏者として当たり前だ。

そして、それがうまくいかなくて、

手がふるえてしまったりするのが緊張だ。

一生懸命練習してきたのを、みんなの前で弾いて

上手に弾けると、相当うれしい。


でも、「上手に弾けた」と思ってみたところで思った。

「上手に弾けた。よし!これはいつでも上手に弾ける。で、次は?」


上手に弾くのは、ある曲1曲に絞ってそれを1万回練習すれば、

どんなに不器用でも、それなりになるだろう。で、弾けたとして、

「次、自分はなにをめざすのだろう?」

ということを思ったのだ。


少なくとも、自分は、

ミス無く、緊張無く弾く」とことを最終目標

しているわけではないとわかった。


ミスしてしまっても、それはそれ。

「自分がこういう風に弾きたいんだ」

というような弾きかたの方を優先させていきたい

と思うようになった。

言い方を変えると、今練習している曲について、

「(実は今は上手にひけないのだが)

 上手には弾けるようになったとして、その先どう弾くの?」

という自分への問いかけを、先にするようになった。


そして、そう思ってみると、なんか緊張の種類が変わったのだ。



もう一つの理由。

それは、

『四十過ぎている自分にとって、

 あがるという経験を得られるのは

 本当に幸せなことではなかろうか』

と思うことにしたのだった。


結果として、現在最悪のあがりはしないように

なった。

(まだまだ怪しいのだが・・・)



さて、

本節の最後に、あがるということでもう一つ書いておきたい。

クラスタ田中マスターは

まったくあがらない人であると先に書いたが、

マスターに直接、インターネットで、

「なぜあがらないのですか?」

と問い掛けてみた。(自分のブログにて)

そうしたところ、マスターから直接コメントを頂いた。


とても参考になるコメントなので、

本節の最後にそのブログコメントを掲載しよう。




あがらない人 (自分のブログより)

昨日、クラスタ田中マスターの誕生日演奏の感想を書いた。

今日はマスターの演奏について、

どうしてももう1件書いておきたいことがある。それは、

「マスターはなぜあがらないのか?」

ということだ。本人は

「あがってみたい」

とのことで、観客が多いステージや、

ボーカル入りの方がメインステージとかに

チャレンジしているのだが、全くあがらないとのこと。  

クラスタ終了した後の雑談では、多くの方が、

「なんか、あがらない方法ないですかね・・・」

という話をしているのをよく聞く。

こういう方々にとっては、マスターはうらやましい限りだろう。



さて、自分が興味あるのは、マスターがあがらない理由だ。

それは子供の頃からずっとなのだろうか・・・

それとも、ある時期からなのだろうか・・・

いろいろ気になってしまう。

でも、一番知りたいのは、 『どういう理由であがらないのか』

ということ。以下、勝手にその答えをいくつか 考えてみた。


(1)技術的にすばらしいから

(2)職業病

(3)精神修養の結果

(4)天才


それぞれについて、マスターが当てはまるかを考えてみた…・

(1)技術的にすばらしいから  

もしご本人に聞けば、まずもって、

これはNOと答えると思う。

それはそうで、世界で上手い人100人に入っていれば

プロになられているだろう。

だから、厳密な意味でこれが理由ではない。でも、

「人前で演奏する曲について、技術的に不安な要素を失くして演奏する」

「自分の演奏技術を自身で理解し、その範囲内で演奏する」

ということまで含めて演奏技術とするならば、

実は、マスターは

「冷静に 自分自身を理解した上での演奏」

を実現しているのかもしれない。

そうであれば、これもすばらしい演奏技術かも・・・・・

なにしろ、昨日の演奏では、

「1曲目の演奏時間は3分、いや、正確には2分59秒です。」

また、別の曲では

「この曲は自分にとっては、通常速度では厳しいので

 速度を落として演奏します」

との発言があった。実はマスターはめちゃうまなのかも・・・・



(2)職業病  

まず言えるのは、マスターほど、他人、しかも上手い人の演奏を

日常的に聴いている人はいないということだ。

通常、自分のようなアマチュアにとっては、

人前での演奏というのは、「ハレ」と「ケ」でいえば

「ハレ」であり、非日常だ。

その非日常の場を提供してくださるのが

マスターの仕事であるから、

この「ハレ」が日常であるマスターにとっては、

それはハレではなくケなのかもしれない。

自分だって、自分の職場ではめったに「あがる」ことはない。

(あがるようでは身体がもたない。)  

でも・・・・そうはいってもマスターは

毎日ご自身が演奏しているわけではない。

どうだろう・・・・・・・・・・

(3)精神修養の結果  

実はマスターは日夜精神修養に励んでおり、

強靭な精神力をもっていらっしゃるのかも。  


昨日、このブログに頂いたコメントにも

「これからも精進します!」

との言葉があった。実は、精神的にすばらしいのかも・・・・  


クラスタで、一人でいるとき

いつもアイドル関連を聴きあさっているというのは…・

・・・・仮の姿・・・・・・なのかも…・。



(4)天才  

ときどきいる。特にスポーツの世界ではよく言及される。  


例えば、金田投手(400勝した。・・・古い?)なんかは、

ピンチになると、顔が紅潮するのではなく、青ざめたそうだ。

要はピンチになるほど、冷静にもなったという。


西鉄豊田選手(今、自分が一番すきな解説者・・・古い?)

も似たような評価をされている。


また、 長嶋(しつこく古い?)なんかに至っては、

「あがる」とかいうのは完全に超越している。

マスターはこの方々と同等の精神

もっていらっしゃるのかもしれない・・・。  



以上、好き勝手書いたが、

そのうちご本人に聞いてみようと思う。

なお、今の自分は、ある程度緊張して

あがること自体を楽しんでいる。

この年になって、どきどきできる機会が持てることは

うれしいことじゃないか!と思う。

(ことにしている・・・あがる人の言い訳?)

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以上が自分のブログ。このブログに対して、

マスターから直接コメントを頂いた。


田中マスターコメント

クラスタ田中です。kiriharaさん連日ありがたい書き込みを

していただき恐れ入ります。

なぜあがらないのか、あまり深く考えたことはないのですが、

人に言われてあらためて考えてみました。


■どうせ弾くんだからあがらない方がいいだろうという考え。

あがっちゃうと失敗率が高くなるのでそれまでの練習がもったいない

見ているお客さんに、あがってるなー大丈夫かなー

なんて同情されるのは恥ずかしいというか申し訳ありません。

つまり、あがっていいことは何もないのです。


■とにかく練習して臨むこと。

とは言っても、練習不十分で本番に臨めば失敗するのが

心配であがってしまいます。

あがる最大の原因は練習不足です。

目をつぶっても何十回も弾けるくらいになれば、

練習だろうが本番だろうが同じ「あと一回弾くだけ」

の気持ちで弾くだけ。

だから私は暗譜もできてないような曲はとても人前では弾けません。

また私の場合、お客様が自分の演奏に注目してくれればくれるほど

嬉しくなって、気持ちが演奏に集中できてあがらないみたいです。


■しかし・・・ せっかく弾いているのに

誰も聞いてくれてなかったり、

自分の演奏が受けてなかったりすると、

がっかりしてしまって集中力も途切れ、

そういう時は失敗しまくります。

まあそういうのも「あがり」の一種かもしれません。

今後の課題です。


■結論

などと偉そうに書けるほど

私はたいしたギタリストではありません。

たとえあがらなくても、

あの程度の演奏しか出来ないのではダメダメです。

全然練習不足です。

上手い人の本番演奏を毎日のように聴いていると、

上手さの天井がどんどん高くなって

自分がいくら練習を重ねても相対的に

どんどん下手になっていくのを感じます。

おそらくは絶対的な上手さは練習をし続ける限りは

上がっているのでしょうが、

それ以上の速さで天井が遠ざかっているんでしょうねー。

人前で演奏する時は、自分が世界一上手いんだ!さあ聴け!

みたいな自信を持って臨めれば一番いいんでしょうけど、

この仕事をしてる限りは永遠に無理でしょうヒー。』

(2006/04/12 02:51)

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以上、ブログやりとりから。