Hatena::Groupguitar-shumijin

ギター趣味人

1000-01-071-7  観客とは・・・

■ 観客って演奏する側にとってどのようなものなのだろう? 

プロでもない限り、人前で弾くということは、

そうは機会がないのが普通だ。

人前で弾くには、

聴くに耐えうる演奏であるべきで、

実現には努力が必要だ。

だから普通に得られる体験ではない。

 

自分はクラスタフリーコンサートにて、

ラッキーなことに演奏の機会を得ているが、

経験してみると、観客の前で演奏するということは

本当に大変だということがわかる。

(だから、面白いのだが・・・) 


そんな経験から、

「観客って演奏する側にとってどのようなものなのだろう?」

ということを考えた。


もちろん、演奏者と観客演奏というのは

「演奏者は観客を楽しませようとして演奏し、

 観客の方はその演奏を楽しみに聴いている」

のだが、このとき、

「観客がいるといないで、演奏にどんな変化があるのか?」

ということについて考えた。 


2つのの意見があると思う。


「観客がいないと、音楽にならないんだ。

 観客とのやりとりや、一体感があって

 初めてパフォーマンスがなりたつんだ。」


「自分の本当の演奏は、

 自宅で一人で練習しているときです。

 観客を意識することは、”本当の自分の演奏をする”

 ことからすると外乱になります」



正反対の答えであるのが、いずれの答えも、

なるほど、とわかる気がする。



■ 観客がいてこそ音楽だ 

こちらのほうの考え方は、

特にロックみたいな音楽にあてはまるだろう。


演奏者は観客を音楽に”乗せ”ようとし、

事実、観客が乗ってくることで、

さらに演奏がヒートアップする。

そのようにして、ライブというのは、

一種の「精神高揚増幅装置」

とでもいえるような空間になる。

 

自分も音楽好きだから、これは体験済みで、

それが”はまる”傾向のあるものであることも

分かっている。


だからこそ”ドームツアー

なんてものが成り立つのだ。

また、大きくなくとも、

ディナーショーみたいなのも、

お客様があってこそだろう。

観客が集まらないととんでもなく陳腐だろうし・・・。

 

音楽による一体感、高揚感を至上のものとし、

それを楽しむための音楽

この種の音楽にとって観客というのは、

間違いなく、演奏者に次ぐ第二の主役だ。 

音楽は、観客の反応でどんどん変わっていく。

観客は増幅装置のエネルギーなのだ。  



■ ひとり楽しむ音楽 

一方、後者の方、すなわち

「観客は音楽にとって、いないほうがいい」

という意見

これもわかる。


音楽楽しみのひとつとして、

自分のためだけに演奏する音楽というのもある。 


一人で物思いにふけりながら、

その思いを演奏たくす・・・


多くの方が観客等の前で弾くことは

ないということを考えると、

こちらの方が、一般的なのかもしれない。


こういった音楽では、

誰か他に聞いている人がいて、

それに気づいてしまうと、

つい、演奏をやめてしまったりする。 


演奏というのが、

自分の内面をさらけ出している

類いの音楽なのだろう。 


とてもデリケートで、

「誰か聞いているということに気づく」

ということで、演奏自体が

変わってしまいそうな気がするし、

その変わってしまうことは、

その手の音楽にとっては、

いいことではないに違いない。



■ 観客を意識することの影響するか?

「観客がいるとどうしても、

 その観客たちを喜ばせようと思ってしまう。

 そうすると、簡単にいうと、

 ”受け狙い”の音楽ばかりを追ってしまう。」

こんなことも時々耳にする。


これは受けることを追いすぎてしまって、

芸術性が弱まることを懸念した言い方だ。 


でも考えてみると、受けねらいは、

けして悪いことではなく、

きちんと芸に高められていれば、

「すぐれたエンターテイメントを追っている」

ということだ。

 

但し、外れるととてもしょぼい。

たいした内容がなく

「ねえねえ、わかってよ。わかるでしょ!」

というのが強すぎるという、

できるだけ避けたい態度になってしまう。 


でも、技術的に(精神的にもか)未熟であれば、

この状況にならざるをえない。

 

人前での演奏を経験してみるとわかるが、

なにしろ受けるとうれしいのだ。


自分は単純なので、

この傾向が強いのはわかっているが、

わかっていて、

「本当に単純だな」

といいたくなるくらい、

自分はその傾向ありだ。 


誰かを喜ばせることを

うれしいと感じるのは、

普通の人であれば、共通だと思う。

逆に受けないと悲しい。

だから、下手するとすぐに、

「ねえねえわかってよ」

になってしまう・・・。


常に自分を反省して、努力していないと、

『「お調子者」になりすぎ、その後若気の至りであったと自己嫌悪

はもう許される歳ではないと思う。 


でも、こういう気持ちは

誰もがもっているものという気もする。

だから、特にアマチュアでは、

みんなが知っているスタンダード

が演奏されることが多いのだろう。

いっしょに心のなかで歌えることが

できれば、少なくとも

独り善がりとなってしまうリスクは小さくなるだろう。 



■ 観客の前でリラックスできるか 

もう一つ、観客ががいない方がいいという考えは、

「いい音楽は完全なリラックスから生まれる」

という考え方だろう。

「人前でスポットライトあびる場所が、もっともリラックスできる場所です」

なんて奇特な人はなかなかいないだろうし・・・

・・・実は逆なのかもしれない。

本当にリラックスした演奏、これを人前でできる人、そういう人がプロなのかもしれない。



■ 観客とは・・・

自分がこう質問されたら、結局なんて答えるだろう。

もちろんアマチュアの自分は観客なんかとれるような技術ではないので、「仮に来てくれる人がいるとして」ではあるが・・・。

そう考えてみると、やっぱり、うれしい。

一緒に楽しめたらいいだろうなあ、と思う。


人というのは、社会的な生き物。

「ここであったは何かの縁。せっかくですから楽しんでください」

そういう考えがいい。

そして、だからといって聴く人の方が構えてしまうような感じでなく、リラックスしていただけるような

雰囲気でいけたらいいなと思う。


ありきたりな答えだが、本当に、そう思う。