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ギター趣味人

1000-02-022-2 仕事・生活と趣味のギター

趣味であるギター仕事とどっちが好きか?

と聞かれれば、即座にギターと答える。 

自分は夜寝る前が主な演奏タイムだが、

時々新しい曲が天から降ってきたときなんかは、

ついつい長く弾いてしまい、

寝不足仕事がつらくなってしまうこともたまにある。

 

生活の中でのギターはといえば、

自分の家族は自分のギターに全く興味なしであり、

ギターは完全にパーソナルな趣味だ。


ギターを弾くことは自分の生活になんらか影響があるのだろうか。 

仕事趣味、生活と趣味、どのように折り合いをつけていくか・・・・

また、ギターは自分にとって、どんなよいこと悪いことがあるか・・・・ 



仕事趣味ギター

仕事は生活の糧だ。やらなければ生きていけない。

自分もギタリストであるので、たまに、プロギター演奏家

だったらよかったのになあ(すごくギターが上手かったらいいのに)

と思うことはある。

ギタリストで、ギター弾くのが至上の楽しみ

感じた瞬間を持ったことがある人なら誰でも思ったことが

あるのではと思う。  


でも一方、趣味趣味仕事とすれば好きという気持ちだけでは

やってられないときもあろうから、仕事にはしたくないなという気もする。

例えば、ギタリストとしてCDデビューできてしまったとして、

CDをそれなりの頻度で発表していけるか?

また、「お客が呼べる公演」というのを

ずっと続けていけるだろうか・・・等々

お金を稼ぐ”ことはすごく大変であることは間違いない。


仕事とは、好き嫌いにかぎらず、

自分をそれで表現することが大事と思っている。


いまどきの若い方の考え方では、

『自分にあった仕事を・・・

 つまり自分が本当に好きなことを仕事にしたい』

という考え方がある。

自分はこの考え方にちょっと賛成していない。


確かにこれは理想的かもしれない。

でも、これは誰と比べても1番という才能

が必要だ。

しかもその才能は、技術的に優れているのみ

ならず、「それならいくらやっても飽きない」、

ということも含めてのものだ。


こんなものが、若くしてみつかるなんて

思えない。

ごく一部の特別な方だけだろう。


普通の人は、「仕事は生活の糧」として取り組んで、

やっているうちに楽しみがでてくるものだと思う。

そもそも、憲法でも仕事は義務と明記してあるのだ。


そう考えると、なにを仕事にするにしても、

まずは、懸命に取り組み、その結果として

自分らしくやること、

が上手な仕事の仕方と思う。



一方、趣味、自分の場合はギターだが、これは?

というともっと自由だ。

やりたくなければやらなくていい。

服を選ぶことにたとえてみると、

仕事というのは、機能とルールか決められた仕事着であるのに対し、

趣味というのは、休日に着ていく服を選ぶようなものだろう。


自分としては、趣味趣味として

なるべく制約されることが少ない状態で

楽しめることの方が大事だ。


音楽仕事とする人というのは、

「そうなるべくしてなった人」

以外なれないものなのだと思う。



生活の中のギター

生活の中で自分にとってギターは、

仕事バランスをとって自分を自分らしくしてくれる

精神安定術みたいなものともいえる。

実感としてあるのだが、趣味で毎日演奏される音楽は、

生活や気持ち面を実に素直に反映したものになる。

そしてそれでずいぶん癒される。

 

気持ちの持ちよう、調子の良し悪しが素直に音にでて、

嬉しい時は元気な音になるし、なんかで落ち込んでいる時は、

静かな曲がはまる。  

そして、そういった気持ちをギター演奏することで、

気持ちをリセット方向に向かわせようとしている自分もいる。

つまり、元気のないとき元気がでるような選曲を

していくといったようなこともある。

 

仕事や生活上の悩みでそれなりに落ち込むことがあっても、

ギター演奏しているときは、少なくとも全く違う人格だ。

その全く違う人格で、ギター演奏で1時間も楽しむと、

そういった悩みは不思議と小さくみえてくる。

「まあ、いいか。」

という気持ちになれるのだ。


趣味を大事に

もしギターがなかったら、自分の生活はどう変わるだろう。

そんな問いを自分にしてみた。

 

きっと、違う趣味を持つだろう。


人は誰でも多重人格者というか、

いろんな側面をもっているものだと自分は思っているのだが、

そのうえで、趣味とは、

「かっこいいと思える自分を創っていきたいと思うこと、そんな自分を追うこと」

と思っている。(ある意味仕事も同じように思うところがあるのだが)

 

音楽スポーツ選手社会のなかで生産的なことはやっていない。

スポーツなんて遊びといってもいいだろう。

でも、自分はヤンキース松井や、イチローリスペクトしているし、

いなくなられてはとてつもなくさびしい気持ちになってしまう。

音楽だって、絵だってみんなそうだ。

なくてもいきていけるけど、ないとつまらなくなってしまうもの・・・。  

趣味をやっている自分は、自分にとっても社会にとっても、

ちっとも生産的ではないのだが、

でも自分自身にとっては、趣味をやっている自分こそ、

シンボルとしての自分、自分のスタイルを自分たらしめるための自分なのだ。  

そのことを追っているから楽しいのだと思う。