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ギター趣味人

1000-02-042-4 休むことの意味

■ 睡眠について 

仕事趣味に関わらず生活そのものにおいて、

休むことは大事だ。


休むといってもいろいろあるが、

まず大事なのはきちんと睡眠をとることだろう。

睡眠不足だと、仕事事も運動もなにもせず、

ボーっとして過ごすのさえつらい。


まず気力がでない。 


自分は仕事出張が多いこともあり、

たびたび強行スケジュール出張

寝不足になることがある。

こういったときは、土日の休日でゆっくりする。

いろいろやりたいことがあっても、

疲れていると、気分としてやりたくなくなる。


自分の脳は、「疲れているよ」のサインとして、

気分をブルーにするようだ。


最近読んだ本では、脳を図書館にたとえて説明していた。

目や耳から入った情報は、

ちょうど図書館雑誌写真集、本を購買し、

それらを机で閲覧している状況とのこと。

で、睡眠中は、図書館員さんが、

本を書棚に一生懸命整理をするそうだ。 


ここから自分の解釈だが、

図書館員さんは、たいして重要でない本、

雑誌(ほとんどだろうが)は、ゴミ箱にもっていく。

でもお願い箱に

「これは、ちゃんと残してね」

と連絡しておくと、残してくれる。

(要は、勉強したもの、強く面白いとか、

 怖かったとか強く感じたもの、は残してくれる)

また、ゴミ箱から再度もってくるものもある。(復習したとき)

 

ここで、自分が頭が疲れたとき、

と感じる「ブルーな気分になってしまうとき(すなわち鬱の状況)」

というのはどういうときか? 


これは、机の上に開いたある本がなかなか書棚にもどせない、

もしくはゴミ箱にもっていけない状況だろう。

ひとつの考えが頭の中を占有してしまって

かつ、それがどうにも片付かないでいるという状況だ。 


もしくは一度にみられる以上の本を開いているとき。

つまり、起きている間でも、図書館員さんは、

整理を継続してやっているのだが、

あまりにたくさん情報を入れすぎると、

人数が足りなくなってしまって、こまったぞ、

ということになるのだろう。


以上が「ブルーな気分のとき」と自分は思っている。 


先の本によると、

実は寝ている間の脳でのエネルギー消費というのは、

起きている間とあまりかわらないのだそうだ。


すなわち、頭の中の整理に図書館員さんは、

眠っている間も、起きているときと同じくらい精力的に

働きつづけているということらしい。

睡眠は大事だ。 


自分が睡眠不足の場合は、

上記のとおり「なんとなくブルー

状態になるのだが、このごろこれを、

的確に自覚できるようになってきた。(歳をとったから?)

 ・ メモ帳を見たくなくなる。

 ・ ギター演奏ではアーティキュレーションがなくなる。

   つまり表現が平坦になり、アドリブが全くでなくなるといった状態になる。 

こんな日は

「なにもしないをする」

ことにしている。 


そうすると、これもいつものケースなのだが、

睡眠不足が解消されてきて、頭に余裕がでてくると、

自然未来のことに考えが及ぶ。

欲しいものとか、コンサートとかの曲目などを

考えるようになってくる。


この状況に復帰してから弾くギターの方が

楽しい。 


なお、ちょっと話がそれるが、当然ながら、

頭は疲れていないけど、ブルーというときもある。

このときはギターはその癒しとなってくれる。

こういうときも、ギターが本当に大事に思えるときだ。 



■ 技術向上のための”断” 

自分は一生懸命やっていることや、夢中でやっていることは、

一旦それを休んだり止めたりすることが、

時として有効に働くことがあると思っている。 


高校生のころ野球部だった。野球が好きだった。

いまでも好きだ。


そんな自分を思い返すと、一番野球が上手かったのは、

小学生のときだ。逆に最も下手だったのは、中学高校の頃と思う。 


というのは、下手になってしまった期間というのは、

いろいろ外からの”教え”が入ったが、

それらが自分にとっていいかわるいかを判断する力がなかった。

ダウンスイングや、腰を下ろしてゴロを捕ることなどを教わって、

一生懸命そのとおりにやった。


今思うと、それらは、理論的に間違っていた。

間違った事を一生懸命練習するのだから下手になって当然だ。

 

しかし、このときの経験を悔やんではいない。


その後大学受験野球をやめたとき、

自分個人の感覚のなかの話であるが、野球の技術に開眼した。、


いろいろな野球教則本指導本の

それぞれのコンセプトが、とてもよくわかるのだ。

ひどいものもあるし、すばらしいものもある。

それらが見えるようになった。

  

その後、大学入学してから、準硬式ではあったが、

また野球部に入った。

このときは、技術的にみて、本当に楽しい野球ができた。

(ちなみにチームとしてはとても弱かったが、

 個人としての技術としては、もっとも力を抜いて出来た) 


以上、はるかなる思い出。


この経験から、自分は「休みをとること」というか、

「一時それを断つこと」は意味があることだと思うようになった。

特に一生懸命やっていたことで、壁にぶつかったときなどは、

思い切って、いったん完全に離れて、

リセットすることもひとつの方法だ

と思うようになった。 


よく怪我をしたあとのアスリートが以前より伸びることがある。

あれは、単なる体力向上だけではないと自分は思っている。

技術的に何かが進化したのだ。 


この休んでリセットし、進化するのは、

実はそれなりの質・量がある練習、

やすまない練習があって初めて感じられるものかもしれないので、

休む事ばかりをハイライトしても

なんの意味もないとも思うが、

このような進化を少しでも

意図的に”できないか、などということも

考えることがある。 


ちなみに、目標がはっきりみえて、

それを最短時間で駆け抜けていく人を

天才というのだろうが、

そうではない自分は、

あっちにぶつかりこっちにぶつかりしながら、

うまく休むこことで、なにかに気づかないかな

などと思う。 



■ 新鮮さを保つこと 

自分は時々、出張やらで、

「数日間ギター触れず」

というときがあるのだが、

その後でのギター演奏が、とても、気持ちよく、

上手に弾けていると感じることがある。 

なんにも弾かないでうまくなるはずないので、実は、

「調子よく弾ける気がするだけ」

なのかもしれないが、実感としてある。 


雑誌インタビューで、パットメセニーが

以下のようなことを言っていた。


ツアー中は、本番ギター以外、敢えて触らないようにしている。

 そのほうが、いいフレーズがでやすいんだ」 


超々一流のプロ言葉なので、自分とは次元の違う話なのだが、

でも考えてみると、練習というのは、

ある決まったフレーズを出やすくしてしまうという一面がある。

それは、ジャズ奏者には、マイナスだ。


ジャズアドリブ中心の音楽だから、

ミュージシャンは、自分の演奏にマンネリを感じること

はつらいであろうと思うからだ。 


しかもそうでありながら・・・・

毎日のツアーでの演奏では、お客さんは、

「まってましたのメセニーフレーズ

を期待されていることを感じるだろうし・・・・・


そんなことを思うと、確かに

「本番以外弾かない」

というのは、そのときのパットメセニーには

重要は方法だったのだろうと納得できるし、

プロジャズ奏者では同じような考えの方が

少なくないかもしれないなと思う。 


ある意味

ギターが下手で、ちょっとずつ、

 うまくなっていく過程が楽しめてるアマチュアギター弾き』

は、

『すごく高度な技術の曲を弾いているが、

 毎日同じ曲で退屈してしまっているプロ

より、幸せだと思う。


もちろん、下手ゆえ、弾けるフレーズが限られてしまい、

行き詰まってしまう(退屈してしまう)

ということから如何に逃れるかということに苦労しているというのが、

今の自分の姿であり、同じような方がたくさいいるだろうなと思う。

 

いずれにしろ、退屈しないように長く楽しんでいきたい。



■ 音楽断食 

平成18年一月のある日、仕事での出張のときに、

音楽断食をやってみた。

本節の最後にこのときの日記を紹介しよう。


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横浜から長崎日帰り出張。1日音楽断ちした。

いうなれば、音楽断食


このところ、iPODシャッフルを手に入れ、

出張の移動中なんかは音楽漬けだったりしたのだが、

「よくないのではないか?」

のと自分の内なる声が聞こえたため。

さて、その感想であるが・・・・。


○ 完全な音楽断ちは難しい。

どこへいっても、音楽がある。

東京では、”不可能”といっていいと思う。

長崎は、東京よりは、田舎なので、それほどではない。

でも、コンビニ弁当屋がアウトだ。

なにかしら音楽が流れている。


○ 音楽断ちしてもさびしくはなかった。

特に禁断症状とかはなし。(忙しかったせいもあろう・・)

移動中でなにもすることがないときも、

新聞など読んでるとどうにでもなった。


○ 聴かないことも大切だ。

耳はときどき休めたほうがいいと思った。

流しておくだけの音楽でも、聴いていないようで、

やはり聴くのにエネルギー使っているのだ。

音楽を聴かないようにしてみると、

やはり、耳の疲れが少なかった。

聴きたい音楽を聴きたいシチュエーションで聴くのがいい。

「ながら」で聴くのは、それにメリットを感じないなら、

やめたほうがいいというのが、自分の結論だ。


○ 音の断食後の夜のギター演奏は?

音楽聴きすぎて感性が惰性に流される」

といったことってあるのかもしれない。

ギター弾くのは、好きな趣味ということもあり

いつも楽しいのだが、ずっと音楽断ちして夜ほっとして弾いたら、

いつもより一段と楽しく感じた。

○ 断つことの必要性

時々断食するが、食にかぎらず、

「断つ」という行為は、けっこう大事なのかもしれない。

断食すると、消化器系の内臓が休まるのがわかる。

同じように、音楽断つのも、意味あったと思う。


いろいろ、普段自然にあるものを断ってみると、

それらの本当の必要性は分かるだろう。

自分としては、”活字断ち”が音楽断ちよりつらいと思う。

本も、新聞インターネットもだめという環境は、

味気なくてつらそうだ。


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以上日記から。



普段の生活であふれているいろいろな情報

一気に断ってみること。

それができるのが、旅とか、山登りなのかもしれない。

そしてそれは音楽みたいな創造的な活動、表現する作業にとっては、

必要なことなのかもしれない

このときは、

「ひさしぶりに旅にでてみたい」

という気持ちになった。



休むことの意味

趣味とか仕事とか、どうやってアクティブにすごすか、

どんな方針でやっていくか。というようなことは

いろんな考え方があるし、本もたくさんでている。


しかし一方、「休む」ということをどう考えるか。

というのは、あまり見かけない。


そもそも「うまい休み方」とはどういうものか。

趣味というのは、仕事休みを充実させるもの

みたいに思えるが、では、趣味にとっての休みとは?

そんなことを思って書いてみたが、

案外、「休み」というのをどう考えているかをみるほうが、

その方の性格がよく現れてくるみたいに思えた。


・・・しかし・・・・・

不安定な問いかけでもある。

考えるたびに違った答えがでてくる。


なので、以上はある日、ある時間における

自分の「休み」についての考え。