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ギター趣味人

1000-02-052-5 自由時間に思う

普段仕事をしているとき、

「ああ、もっと時間があったらもっとギターを弾くのに!」

と思うことがよくある。


それでは、本当に自由時間が際限なくあったら

どれくらい弾くだろう? 


平成18年の正月休みの1月3日、

本当にやらなくてはならないことがない、

自由時間だけの1日だったのだが、この日、

「本当に時間があったら、どれくらい弾くか?」

ということを意識した上で過ごしてみた。


以下はその日の日記

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正月3日。ある意味1年で、一番自由時間が多い日かも。


通常は、実家に帰るので、

時間はあるけど、自由時間ではない」

という状況なのだが、今年は、実家に帰らなかった。

従い、本当に何もやることがない自由時間だった。


そういったなかで納得したことは、

「暇なら、いっぱいギター弾くかというと そうでもない」

ということだ。

確かに、いつもよりは弾いた。

だけど、『死ぬほど弾いた』という状況までは、

いかない。というかいけない。


いつも忙しい時には、夜30分くらいのギター演奏時間

すごく貴重に感じ、

『暇な時、死ぬほど弾いてやる』

と思っているのだが・・・。


それでも、けっこう弾いた事は弾いた。

で、そうしてみた結論としては、

今の自分は、弾くのを純粋に楽しめるのは、

せいぜい1時間くらいだということがわかった。


弾けない曲を弾けるようにしようとする練習は、

せいぜい30分くらいが限度。

これ以上弾く時は、なにかしらのイベントがある。

例えば、

 ・新しい楽譜を買った。

 ・弦を替えてとっても気持ちよかった。

 ・何日か後に人前で弾きたい。

 ・曲ができた。

等々。


「普段の生活のなかで、弾きたい気持ちを溜めて、

 短い時間でも、楽しく弾く」

という普段に自分のやり方を再認識した。


それと同時に、

「演奏したいという、思いの元」

が大事なのだと納得した。

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以上自分の日記から。


ギターを弾く時間の長短

以上の自分の経験からすると、

いくらギターが好きでも、

「自由時間がいくらでもあれば、いくらでもギターを弾く」

ということではない。

ものすごく空腹になったとき、

「いくらでも食べれそう」

と思うが、食べてみると、

「いつもより、ちょっとだけ多いくらい」

だったというのと同じだ。

じゃ、演奏時間というのは、1日

30分くらいで充分か、

というと、そんなことはなくて、できれば、

2時間くらいは、平気で弾きたいもんだと思う。


自分は、

「楽しくて時間を忘れてギターを弾ける時間

という時間イコール

自分のソロライブ演奏可能な時間と思う。

だから、プロの演奏家の方は、

”練習”という、意識があるかどうか

は別にして、毎日、自分の演奏会の時間くらいは

軽く弾ける毎日を過ごしていると想像している。


では、無理やりにでも、弾く時間

長いほうがいいのか?

というとそうも思っていない。


たとえば、自分はテレビを見ながら、漫然と

ギターを触って指を動かすだけ・・・

というのは、よくないと思っている。

もちろん、

テレビ音楽に即ハモる」

などという、意識をもったものなら

いいことと思うが、

ただ指を動かしているだけなら、

「それで悪い癖がつかないか」

「本当に弾きたい時間に、指が疲れていて・・

 などということがないか」

を充分考えて触るべきだと思う。



自由時間を大事に

結局時間の長短というよりは、

意識の持ち方の方が大事だというのが

自分の意見だ。


仕事と生活に裂く時間というのは、

生きる為にどうしても必要だ。

一方、しなくても生きる為に困らないことを

してもいい時間というのが、自由時間。(趣味時間

この時間の使い方こそが、その人の個性、

スタイルだ。


そう考えてみると、”自由時間”というのは、

奥が深い。

理屈で説明できるような”いい過ごし方”

などというものはない。

自分の感覚だけがそのジャッジをできる。



いずれにしろ、”自由”時間を、

いい時間として過ごしたい。



PS

2007年から2008年にかけて、

ギターの演奏時間としては、少し長くなったと

感じている。

「演奏者の自分」でいるとき、意識して

「聴衆の自分」も置くようにした。

すなわち、自分の演奏をよく聴く事にも

集中するようにした。

そうしたところ、いろいろ気づくところがあり、

演奏時間が延びている。