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ギター趣味人

1000-03-04 3-4  作曲

作曲のすすめ

自分は一年に数曲、曲を作る。

作るといっても、自分は曲を楽譜にしないので

自分頭の中で覚えているだけのものだ。

従い、本当はもっと作っているのだが、

多くは忘れていってしまう。

ということで、残っているのが年数曲、

しかも、それも更に年単位で時間がたつと、

忘れていってしまうのかもしれない。

だから、今弾ける曲も数年後残っているかはわからない。


そんな作曲状況なので、

作曲についてとやかく言えるものでもないが、

でも、作曲ですごく楽しい時間が得られている。

そして、作曲は続けていきたいと思っている。


ということで、自分の作曲について綴ろう。



■ 初作曲

初めてギターソロ曲を作ったのは、

大学2年生の夏休みの終わり。 


夏休み中に、自転車福岡から日本海側をずっと旅して走った。

そのときの気持ちをギターソロ曲にした。

「R108」というのが曲名。

これは国道108号線という意味で、

「潮風ライン」という走っていてとっても気持ちのよい

国道での気分を曲にしたものだ。


最初の曲なのにオープンチューニングで、

しかも、誰も使っていないようなチューニングだった。


このころ、大学時代だが、30曲くらい作っただろうか・・・・

でも・・・今残っている(つまり覚えている)

そのころ作った曲は、わずか3曲ぐらいだ。

 

楽譜や録音で残していないことが、

ちょっともったいないなという気がするが、

それほどは気にしてはいない。

覚えていない曲は、所詮それだけのものだったのだ。 

それに・・・反省がある。 


この忘れてしまった曲たちは、オープンチューニング

響きだけで作っていて、歌心が乏しかった。よく、

「なんかの曲のバッキングみたいな曲だね」

と言われたのを覚えている。 

・・・そのせりふの

「云わんとしている物足りなさ」

がわかるのだ。


オープンチューニングについては、

次節にて、じっくり綴ろうと思う。


ということで話を作曲に戻すが、

そんな時を経て、いまでも残っている数曲には

思い入れがあるし、自分自身をその中に感じることができる。

また更に、その曲を演奏して、その当時の自分

だけでなく、今の自分を表現することも

できるとも思っている。 

だから、数曲が残ったことを神様感謝している。



他の方の作曲した曲を聴く 

作曲をする」ということは

自分のオリジナルを作るということ以外にもいい事がある。

他の方のオリジナル曲を聴くのが楽しみになるのだ。


自分で作っていると、他の作曲している方に、

親近感を感じるし、どのようにできた曲なのだろうかとか、

いろいろなことに思いが及ぶ。 


クラスタフリーコンサートでも、

よくオリジナルを聴くことができる。

ほんとうにいろんなタイプの曲がある。 

ちょっと軽く作ったもの、

なにか強い思い感じさせるもの、

何ヶ月もかけた大作等々

いろんな曲があって、

もちろん、いいなと思うのもあれば、

これはちょっとと思うものものある。 

そんな違いはあっても、自分が作った作品を

みんなの前で弾くということは、エキサイティングであり、

弾いている人の心意気を感じないものはない。 


こういった感受性をキープするのに、

一番いいのが、自ら作曲をすることだと

思う。



好きな作曲家

作曲についての続き。

音楽を聴くことも趣味なのだが、

好きな作曲家もいくつかあげておこう。 

バッハとかモーツアルトベートーベンとかも

好きなのだが、そういった

歴史上の巨匠はおいておいて、

リアルタイムに自分が接した

ギターミュージック作曲家の方であげてみよう。 


まず、アコースティックギター、特にスチール弦であれば

きっと名前があがるであろうマイケルヘッジス。

演奏家として、天才といって誰も

文句がでないくらいすごいのだが、

その作曲能力もずば抜けている。

かえすがえす、早く亡くなってしまったのが残念だ。

もし、マイケルヘッジスがいなかったら、

スチール弦のギターミュージック

現在とは違っていたのではと

思えるくらい、すばらしい才能と思う。

 

同じように思うのが、ジャコパスリアス

いわずと知れた天才ベーシストだが、

間違いなく作曲家としても超々一流だ。 

この2人は、「天才とはどういう人か」

というのを体現している。

時々聴き返すのだが、つくづく

本当の天才というものを感じずにはいられない。

 

それからパットメセニー。

パットメセニーは作曲に望む姿勢が好き。

「聴衆の一人として、その自分が聴きたいと思う音楽を創りたい。」 

そのような考えで、どんどん自身の音楽

新しい世界へ進めて行っている。


日本では古賀政男

リアルタイムに体験してはいないが・・・)

もちろんミスター演歌として有名だが、

実は西洋クラシック民族音楽日本の伝統音楽

果ては仏教の声明まで研究していたとのこと。 

ギター譜を買ってきて弾いてみて、

その楽曲の完成度の高さを実感している。

    

次に聴きこむとすごいだろうなと思っているが、

入り口あたりでうろうろしていて、まとめて聴くことは

していないという状況なのが、武満徹ピアソラ

はまりまくってしまうだろうと

思いつつ、いまのところ

有名曲を聴いた程度。

しかし、それらがどれも

「ひっかかってくる」のだ。

そのうち、はまって散財することに

なりそうだなあ、と思っている。



それから、キースジャレットとジョーザビヌル。

ジャズというのは、

基本的に作曲というものがハイライトされていないと

音楽と思うのだが、(演奏が主の音楽だから。しかもアドリブが主だ)

そんなことを全くどうでもよくて、

自分はこのお二人の曲は好きなのだ。


以上の音楽家音楽は、

自分としては聴くことでいろいろなものを

与えてもらっている気になってしまう音楽なのだ。



■ 作曲法 

作曲法として面白いというか、

参考になったのは、山下達郎氏。 

H17年11月のギターマガジンでの

特集インタビューが面白かった。 

山下達郎氏のインタビューからの言葉

「編曲70%。編曲にこだわらなければ今の私は無かった。」 

リズムトラックのみを作っておいて、

 メロディーは”メロディーの日”

 を決めてその日に書く。

 そんな作り方でずいぶん曲を作った。」 


自分が、曲を作るとき、まず必要なのは、

頭の中に浮かぶ情景というか雰囲気というか、

そんなものだ。

メロディーのみが単旋律で立ち上がるのは、

その雰囲気があってそのあとだ。

完全に単旋律である鼻歌であってもまず、

鼻歌が歌いたくなってしまう「気分(背景となる雰囲気)」”

がまずあって、その上でメロディーがでてくる。

やはり、情景・雰囲気・気分といったものが先にある。

 

山下達郎インタビューの「編曲」「リズムトラック

自分勝手な解釈かもしれないが、

この情景・雰囲気・気分と同じようなものだなと感じた。

 

山下達郎氏のCDを聴くと、なんといっても、

そのオケの作りこみのすごさに驚嘆する。

特にシングルCDではバックオケのみの

バージョンが入っていたりするが、本当にすごい。 

あんなオケがあったら、普通音楽感性

もっている人なら、それをバックに流してもらうだけで、

ごく自然に自分なりのメロディーを口ずさんでしまうだろう・・・ 

更に、こういったことを言葉にできる

理屈としてきちんと理解している)

山下達郎氏はやはり達人だ。 

自分の作曲でも参考にしていきたい。


■ 作曲するときの特殊ケース

なぜか、ギターの演奏が楽しめないときがある。 

こういったケース、よくあるのは、耳の調子がよくなく、

チューニングが甘いという状況。

でも今はチューナーを買って、こういった状況を

機械の力を借りて避けるようにした。

従い、今はこれが原因ということは少ない。 


つめの状況が悪いというのもよくある。

これもこのごろは無理せずフィンガーピックを使う。

だからこれも理由となる機会は減っている。

 

でも、そういった状況がすべてなくなっても、

なぜか気分よく弾くことができないことがある。

その理由がわからないけど調子がでないというときだ。

こんなときは、普通は弾きたくない気分なのだろうが、

すごくたまに、そうでありながら、弾きたい気持ちが

強いというときがある。

自分は、実はこういうときに創作活動、

つまり作曲をやることにしている。


こういうときも含めて、自分の作曲のやり方

みたいなものを振り返ってみた。



自分の創作活動手法 自分の作曲方法その1

自分が一番普通にやっている作曲のやり方は、

まず、

「なんかとってもハッピーな感じ」

だとか、

「悲しい思い」

をいうのを感じているとき、、

その雰囲気を表すようなバッキングなりコードなりを

とにかく弾いていく。

ぴったりの感じのバッキングを探しているという感じ。

それができたら、次に

その弾いたフレーズから次のフレーズをつむぎだして・・・

ということをやりながら、

”一番いいメロディーが降りてくる”

のを待つ。

調子のいいときは、スルスルメロディがでてくる

状態になる。


その2

ある曲をすごくいいと思ったとき、

なぜそう思うのか、そのいいというところを

どこのどの部分のどんな演奏なのか、

これをミクロに追いかけていく。 


1点に絞り込んだ後、それをギターで表現することに

チャレンジする。

その自分がいいと感じているおいしい部分をギターで表現するのだ。

できたらラッキー

今度はそっから自分なりのギター楽曲を広げていく。


その3

「体調は万全、寝不足でもない。しかしながら・・・

 なぜか調子が悪い。気分的にいやなことばかり思い出す。

 そのことで、落ち込みがちだ。のりが悪い・・

 ・・それでいてその理由がわからない」

こんな状況では、寝たほうがましだ、と思う。

それが普通だろう。でも、こういった状況のときは、

作曲をすることに決めている。

以前は、こういった状況は創作には最悪だ思っていた。

だが、今は違った意見をもっている。 


こういった状況は、

「いつもの自分ではなくなっている」

状況か、また逆に

「とんでもなく素のままの自分」

の状況のいずれかだ。

このとき創作活動を無理やりやってみたことがあった。


創作活動なんてできない・・・

と思いを敢えて乗り越え、自分をマシーンのようにして、

破れかぶれでいいから、無理やりなんか創る。

 そうしてみると・・・いい意味でも悪い意味でも、

「いつもの自分ではない一面」

を持った曲がでてきやすい。

 

調子のいいときというのは、間違いなく”いつもの自分”だ。

”調子がよい”ということは自分が自分の

コントロール下にあるということだ。 

一方「自分としてなにか新しいものを創る」

という作曲は「いつもの自分を壊して、新しい自分に出会うこと」

ということが必要と思う。

だから、いつもの自分でないとき、創造のチャンスなのだ。 

でも、こういった機会ははっきりいって少ない。

一年に一回あるかどうかだ・・・ 


以上、自分の作曲方法。


作曲については、以上だが、

いろんなスタイルがあると思う。

できれば、そんなことを酒の肴にして

楽しめる仲間なんかが欲しいものだ。