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ギター趣味人

1000-06-026-2  音以上のものが見える?

感動する音楽とは? 

技術的に高度だが、感動できないという音楽もある。

一方、技術的にはどうってことがなくても感動できる音楽もある。

 

感動する音楽とはどういうものだろう? 


この問いかけは、この拙書で自分が表現したいもののひとつであり、

すでに何回か同じようなことを書いてきている。

自分がいつも考えてしまうことのひとつでもある。

この問いかけに関するある記事を紹介したい。



□『対談 ウェインショーター × 菊池成孔』 

ふと手にしたintoxicate(イントキケイト)という

TOWER RECORDの無料配布雑誌が面白かった。

隔月発行の2005年の11月59号。CDを紹介するための雑誌だ。

この59号は、「日本ジャズ」というのが、特集になっていて、

最初の記事は、なんと、

『対談 ウェインショーター × 菊池成孔

3ページだが、内容は濃い。

無料雑誌でこんなの載せていいのか!?」

というくらい面白かった。

記事のウェインショーターの発言から。


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マイルスデイビスの言葉で好きな言葉があってね。 //////

彼から尋ねられたんだ。

「鳴っている音以上の音楽が聴こえてこない音楽ばかりで

 ウンザリさせられることはないか?」

そう言われるまで、僕もそういう音楽を作っていたんだと思う。

でもマイルス音楽は違っていた。

そこから聴こえてくるものはすべての創造物、

人間性の本質。つまり喜びであり、笑いであり、

シリアスになりすぎないように、でも深い思想もあり、

軽い笑いもあるような、人生のすべての要素。

 

そういった音楽は、一つのタイプ音楽だけを好み

バリアを超えることができない、みずからの牢屋の中に

閉じ込められた人間にとっては、

聴くことにチャレンジを要する音楽なんだ。』 ///////

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全く同感だ。また、この考えをテキストとして

吐き出せるウェインショーターはすごいと思う。  

この後、更にこの続きで、ピアノコンテスト審査員

すごく上手いピアニストに対して悪い評価をし、

その言い訳として言う言葉も最高だ。


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「君の演奏は素晴らしい。練習もすごくしている。 /////

 でも、君の音楽からは、ぼくの人生はとてもつまらない、

 ぼくの人生はとてもつまらないという音が聞こえるんだ」 ////

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音楽というのは、

「鳴っている音以上の音楽を聴かせて」

初めて、音楽たりえるのかも・・と思う。

下手でも、

「立ち上がってくるもの」

を感じるときがあるし、逆にすごくうまいけど

「たいくつ」

に感じるときもある。

 

岡本太郎氏はこの飽きがどれだけこないかの表現として、

「いやらしさ」

と本に書いていたことをおぼえている。  

ゴッホツタンカーメン仮面

「いやらしい」

という言葉を使って誉めていた。

ゴッホの絵は、彼の死後、評価があがるのだが、

その時代、相当な「いやらしさ」を発していた。

それゆえ評価された。

しかし、今見ると、ゴッホの絵は評価されたことで、その後

頻繁にみられるようになり、その「いやらしさ」は

だいぶ薄らいだ。  

一方、ツタンカーメン仮面は何千年も

このいやらしさをなくしていない。すごい!

                                                                                        •  

こんな内容だったと思う。  


岡本太郎氏の言葉はいつも楽しい。  


「なっている音以上の音楽を聴かせることはできるだろうか?」


答えは無い。

無いのだが、でも、自分はマイルスピカソ岡本太郎から、

そのなにかを感じることはできている気がしている。



ヒストリーまで聴きたい  

演奏を聴くとき、自分はその方が

ご自宅で一人で弾いているときの姿を想像する。

単なる気持ちの持ち方なのだが、

そうすると、その方がどんなふうに弾きたいのかが、

より集中して聴けるような気がするのだ。

 

絵をみるときも、ときどきそのような見方をしてしまうときがある。

絵を書いているときの過程に

思いを馳せるときがあるのだ。

 

演奏を練習しているとき、絵を書いているとき、

その方はとても楽しい気分や表現に対する葛藤など

様々なことを経験していると思う。

「そこまで聞こえないだろうか、聴きたい」

という気持ちがある。

その様々なこだわりの結果といて、

今聴いている音があるはずなのだ。


日吉祥寺の「ジブリ博物館」にいってきた。

風の谷のナウシカをはじめとする、

宮崎駿監督映画博物館だ。

子供向けかと思っていて、

子供家内への家族サービスのためにいったのだが、

自分も十分楽しめた。  


特に自分が興味を持ったのは、

監督の構想を練るデスク美術取りまとめの方のデスク

それからスタッフの作業環境などを

実物の模擬をみせてくれている空間だ。  


映画は、最初は一人の監督の頭の中から生まれてくる。

そこから、とんでもなく大変な工程を経て作品となる。

この空間の紹介では、そのことを

「大きな船に乗っている仲間」

と説明がなされていた。

船は常に進んでいないと

目的地にいけないこととなり、そうなると沈没してしまうという。

だから、なんとしてでも進んでいくしかないと。

それが映画プロジェクトを完成させることだ、

と説明してあった。  


宮崎映画自体、すばらしいものだが、

そのすばらしいのを生み出す途中のヒストリーは、

きっと本当に厳しく楽しい過程があったに違いない。

そんなことに思いを馳せることができた。  



■ 音以上のものを表現していきたい  

こんなことを考えるようになったのは、

30台半ばを過ぎてからだ。

自分でも仕事を持って、その仕事に懸命に取り組んで

評価されてうれしかった、といった経験を、

多くはないが経験した。

そんな中で、人が表現するものは、

その人の取組方みたいなものが、

必ず表れるのだなということを考えるようになった。  


自分にとってギター趣味であり、仕事ではない。  

しかし、誠実に取り組んでいきたい。

自分の演奏から、音以上のものが聞こえるとしたら、

それは気持ちのいいものであってほしい。