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ギター趣味人

1000-06-066-6  日本の音楽

時々作曲をするなかで考えることがある。


バッハ西洋古典ブルース黒人ルーツ音楽

 では自分にとってのルーツ音楽ってなんだろう」


自分を省みてみると、一番疎い音楽日本の伝統音楽かもしれない。

自分は日本人なのだが・・・。


もちろん、子供の頃から、

テレビラジオで流れてくる音楽については、

望むかどうかに関わり無く、日常として触れてきている。しかし、

「自分の国の音楽を、自国の文化として他の国の方に紹介してください。」

と言われたら、自分は何を紹介するだろう。 


今自分が紹介するとしたら、

自分が中学校時代から接してきた流行音楽は選ばない。

さくら」、「春の海」

といったところだろうか・・・。

それと

「七つの子」

などの童謡、加えて、民謡演歌そんなところだろうか。 


でも、正直なところ、自分はこういった音楽を含めて

日本の伝統音楽というものをほとんど知らないのだ。



■幼少期に聞こえていたもの 

とはいえ、自分は他の方と比べると、

家庭環境としては日本の伝統的な曲(と自分が思えるもの)に

よく接していたと思う。

親父が、民謡が大好きで、風呂に入っているとき、

および休日で庭仕事をしているときなどよく歌っていた。

また、そういった民謡テープがよくかかっていた。

更に演歌古賀政男などがよくかかっていた。 


自分は民謡も含めて、それらの曲が大好きだった。


民謡などは自分でこぶしを回すことはできないが、

こぶし回しを美しいと思う感性物心ついたときからあった。

だから、民謡は今でも好きだ。

また、琴や三味線の音も好きだ。 


しかし、小学生になると、この感覚は薄れた。

親がエレクトーンを習わせてくれたのだが、

(あまり熱中しなかったが・・・)

それもあわせて、学校で習う音楽西洋音楽となり、

自分はコードの美しさ、西洋音楽的な構成美の方に

興味が向いた。


日本音楽は嫌いではなかったが、

自分で聴こうと思って聴く機会は、

ほとんどなくなっていた。

 

中川イサト氏の記事から

中学生になり、ギターを弾くようになり、

中川イサト氏の「1310」という

インストアルバムが大好きになった。

ここから中川イサト氏の話をいろいろ雑誌などで

みているうちに、ある記事を目にして、

また「日本音楽ってなんだ」ということを考えるようになった。


覚えている範囲でちょっと中川イサト氏が

書いていたことをなぞってみると以下のようなものだ。


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昔、確かステファングロスマン

米国のフィンガーピッキング大御所。ジョンレンボーンも一緒だったと

 記載されていたと思う・・・記憶あいまい・・・)

が来日した際、彼らの前で、(中川イサト氏の)自作曲を弾いた。

オレンジ」というラグスタイルの曲を弾いたが、

あまり興味を持ってもらえなかった。

その後、「きつねの嫁入り」という

和風テイストの曲を弾いたら、真剣にきいてくれた。

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たしかこんな話だったと思う。


それから、時々自分のルーツとはなんだろうという

思いが浮かぶたびに、この話を思い出すようになった。



学生時代に聴き漁った筝曲 

学生時代自分は九州福岡にいたのだが、

前述の中川イサト氏の話もあり、

琴や三味線コンサートがあれば聴きに行こう

と決めていて、いろいろ聴きにいった。 


心に残っているのは琴の演奏で、

故沢井忠夫氏の演奏はすごかった。

実は自分が見にいったコンサートで演奏されたのは、

伝統音楽ではなく、伝統音楽を消化した上での現代音楽だった。

しかし聴きにきていた人の大半は年配の方

・・・きっと伝統音楽を聴きにきている方だろう・・・

だったので、沢井忠夫氏は、

現代音楽は、聴きにくいと感じるかもしれません。

 でも少し聴きつづけてもらえば、よさがわかります」

などとMCで言っていた。 


自分にとっては、そんな説明は、まったく不要!

すばらしかった。

逆に自分にとっては、伝統音楽だけであれば退屈していただろう。

伝統音楽の上に、これだけのものが創りだせるのだ」

という、”次”をみせられた気がして興奮した。

沢井忠夫氏のステージを生で聴けたのは、

一生の宝と思っている。 


そのほかにも、いろいろ面白いのがあった。

名前は忘れてしまったが、キースジャレットのケルンコンサート

筝でのコピー(!!!)していた方を聴いたことがある。

会場につくのがちょっと遅れて立ち見になってしまったが、

時間くらいだろうか・・・

立っているのがまったく苦にならなかった。

あっという間に終わってしまった。

すばらしい音楽だった。 


もちろん伝統的なアレンジで、

いかにも日本というのも演奏され、

それらもこういった演奏と対比して聴けて

とても楽しかったのを覚えている。 


そんな経験をしていたからか、

学生時代自分のギターでの作曲モデルは、

筝曲だったような気がする。



古賀政男 

一方、演歌はあまり好きでなかった。 

あるとき雑誌で、渡辺香津美氏がいっていた。

演歌をやるとジャズができなくなる。」 

これは実感としてよくわかった。

演歌の完全なオンビート、かつ、情感たっぷり目の演奏は、

ジャズが目指す”クールさ”とは相性が悪い。

演歌をやってジャズをやるとなんとも、

ビートが変になってしまう・・・。 

また、歌詞で描いている世界が湿っぽいのもだめだった。


しかし、そういった自分の考えをいい意味で覆してくれたのが、

古賀メロディーだ。 


クラスタでのフリーコンサートで演奏してみようと思い、

古賀政男の曲を3曲ほど選んで、1ヶ月間練習したことがある。

すごく気持ちよくて、はまってしまった。



ちなみに以下が、そのときの日記・・・

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あまりに日本人の血を感じてしまう メロディなので、 

「これ以外弾けなくなってしまうのでは・・・」 

という、変な心情が沸いてきてしまう。 

子供のころ、親父がよく鼻歌で歌っていたので、

自分の無意識に刷り込まれているメロディなのだろう・・・・。

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このように、はじめは子供のころの刷り込みによって、

引き込まれてしまうのだろうと思っていた。 

しかし・・・・1ヶ月練習しているうち、

「ちがうのではないか?」

と思い始めた。 


他の演歌も弾いていたが、

それと比べると、完成度の違いを感じてきた。

自分は、楽しみで弾いているので

どんどんいろんな曲を弾くのだが、

いわゆるスタンダードとして世に認められた曲は、

メロディコードともなるほどと思ってしまう完成度を持っている。


そのなかでも、古賀メロディー

一流のスタンダードに負けてないくらい

「すごい完成度・・・」

と感じたのだ。 


自分は、どっちかというと、

先に書いたように演歌を避け気味だ。

特にその歌詞のじめっとしたところが苦手なのだが、

古賀メロディーについては、なんか、全く違った印象をもった。

 

ひょっとして、古賀政男氏は、

西洋音楽民族音楽、そして、

日本の伝統音楽に精通しているのではないか?

と思い始めた。

自分でもわからないのだが、

なんか他の演歌と比べて『品格の違い』とでもいいたいような、

完成度の違いを感じたのだ。

そのときの感覚として、比べること自体変かもしれないが、

自分の中では、バッハや、いまどきでいうと、

坂本龍一氏などと同等の完成度を感じた。

しかし、古賀政男氏といえば、

まさしく日本演歌の”ミスター”だ。

そんな人のことを自分は全くしらない。

あまりに自国の音楽無知である自分を反省した。

そこで、すこし古賀政男氏とはどんな経歴なのか調べてみようと思った。

『「演歌」のススメ 著者 藍川由美 文春新書H14.10.20初刷』 

という本をみつけて読んでみた。

やはり古賀政男氏はすごかった。 

自分は当初、古賀政男氏を、

いわゆるヨナ抜き演歌音階の権化みたいに思っていたのだが、

実はもともとは日本的ではなく、

逆に西洋音楽勉強して、そういう色の音楽を作っていたが、

次第に日本的な色合いを強めていったとのこと。 

筆者は、

古賀メロディーを一括りに「演歌」として論じているうちは、

 真の姿が見えてこないのではと感じ始めたのである。」

として、昭和初期の古賀の所有レコード目録を調べていた。

自分がギターを弾いていて感じたことと

まったく同様の感想をもったようで、

そのことをちょっとうれしく感じながら読み進めた。

その古賀政男氏の聴いていたレコードが渋い!!

シューベルト、ラベェル、サンサーンスグリーグ

チャイコフスキードボルザーク、アクロン。 

加えて、ラテン音楽カンツォーネシャンソンギター曲多数。

さらに、民謡長唄、小唄、筝曲、清元。 

この上、メロディーについては、

仏教でなされる声明の節回しまで研究されていたという。

自分が生活している社会の文化を、文化として認識するためには、

他の社会(他の文化圏)からみるのが必要と思うが、

古賀氏は、いろいろ聴けるだけきいて、そして、古賀メロディー

「オレは日本人だ!」

といって作り出したような感さえ、持ってしまう。

また、自分の曲を世に出す出し方における心意気もかっこいい。 

古賀氏のデビュー前後日本というのは、

実は、ジャズどんどん入ってきた頃だった。

東京 石井善一郎氏「コスモポリタンノベルティ・オーケストラ」、

関西 井田一郎氏「ラフィング・スターズ楽団」などの人気がでて、

(自分は全く知らないが、すごく流行ったとのこと)

大学なんかでも、どんどんジャズがなされるようになって大流行していたとのこと。

こんな状況で、クラシックギター1本の伴奏による「影を慕ひて」を発表する。

この心意気がかっこいい。 

古賀政男氏の曲を演奏して、自分は演歌を見直した。

これはこれでとても楽しめる音楽だ。

また本を読んでみると、演歌というのは厳密な伝統音楽ではない

ということもわかった。 

でも、庶民と結びついて、庶民の心を歌っているものである

ということも感じた。

そう思うと、ある意味 「与作」、「舟歌」なんかは、

日本の(昭和のというほうがいいか・・)

ブルースといってもいい。 


自分のルーツ音楽とはなんだろう。

 

日本の伝統音楽演歌学校で習った音楽流行音楽

そして西洋音楽ジャズ、いろいろあるが、

心の隅で、この問いかけは常になくならないもののような気がする。


その上で自分が素直にいいと感じる音楽を続けていくことにしよう。