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ギター趣味人

1000-07-037-3  試奏の楽しみ

自分は楽器店にいって、ギターを試奏するのが好きだ。

趣味といってもいいくらい。


20代、30代のころは、

1ヶ月4回の週末のうち、

2回くらいは楽器屋にいって試奏をしていたと思う。

そのころは、本気で、

「本当に気に入ったのがあれば

 購入しよう」

という気持ちもあった。

だからこそ本当に真剣に試奏していた気がする。


しかし現在は、これまでつづってきたとおり、

概ねサイレントギター

満足してしまっていることもあり、

(完全に満足したわけではないが)

数ヶ月に1回くらい、

洋服好きな人がウィンドーショッピングをするように、

ギター試奏をしているといったところ。


試奏をしに行く先は、御茶ノ水メイン

そのほか、新宿渋谷といったところ。

御茶ノ水ギター屋の数、質ともすばらしい。


弾くギターの種類としては、

ここ数年メインギターナイロン弦になったことから

購入も視野にいれての試奏は、ナイロン弦になった。

ただ、ナイロン弦のギター

概ねデザイン的に確立されているようで、

スチール弦のギターほど

「1本1本の特徴が違う」

ということを感じない。

特に、自分が気になっている、

カッタウェイ仕様となると、

ほぼエレアコなのだが、種類はぐっと減る。


また、純クラシックギターも興味はもちろんあるが、

こっちの方は、

「それなりのもの」は

「それなりのお値段」

である。

本気で買うつもりがないと、触りにくい。


・・・実は、これが試奏の機会が少なくなっている

一番の原因だろう・・・・


だから、今でも試奏をするのは、

スチール弦のギターの方が多い。


さて、以上のように、試奏は自分に

とって、趣味みたいなものだが、

試奏の楽しみとは、なに?

ということを、自問自答してみた。


インスパイアされる音

まず、当たり前だが、試奏は

「音の違いを感じること」

目的だ。

何が楽しいのかといって、音が楽しいのだ。


60年代70年代レコードにて、

アコースティックギター名盤

というものを聴くと、マーチンのあの、

チャリーンという音」

というか、

「鈴なりの音」

とか言うのが聴ける。


自分は、これは録音技術によるもので、

ギターから、そのものがでているなんて、

信じていなかった。


しかし・・・・・


鳴るのだ、 あの音が。 自分が弾いても!


もうこれは、うれしいとかではなくて、

「ショック」といった方がぴったりだ。


いい音がするギターは、実在する。


そういうすごい音のギターとめぐり合うこと、

がやはり試奏の一番の目的だ。


・・・もちろん、買えれば一番いいのだが・・・・



抱えた瞬間離したくない

「抱き心地ってあるんだ!」

とかいうと、実に不純な物言いの感じがするが、

(特に自分のような中年が言うと・・・)

でも、いやらしい意味ではなくて、ギターでは、

本当にそういうものはある。


自分は、20代から30代半ばまでは、

「軽いギター」が憧れだった。

もっていたのがモーリス

「丈夫なことが唯一のとりえ」

みたいなギターで、重かったことが

理由かもしれない。


軽いギターは、持った瞬間、

「鳴りそう」と思えるし、

大体、軽く感じるギターの方が、実際鳴りは

いい気がする。


ただ、このごろ逆に重めのギター

見直しつつある。

特に、表面板は薄いのだが、

サイドとバックががちっと作った感じで、

芯のある感じ、というか、すきっとした音像というか、

そういうイメージを持てるくらいの

重さの方が好きになっている。


形は、小さめが好き。

トリプルオーとかダブルオーとかが、

見た目とあわせて好きだ。


形としては、

「抱いた感じ」をイメージすると、

くびれが大きいほうがなんとなく、

いいような感じがするが、

(繰り返すが、いやらしい意味ではない)

自分としては、逆で、あまりくびれ

極端ではない、ドレッドノートや、

普通クラシックギターの方が好きだ。


以上、いろいろ書いたが、

音と同様、ギターも持った瞬間、

「はまった」

と感じるギターと、

「どうも収まりが悪い」

というギターがある。


そして、難しいのは、音のよしあしと

必ずしも一致しないということだ。


もちろん、もし手に入れるとしたら、

音と抱き心地、両方がいいものでなければ

ならない。


なんか気に入らないなんでだろう

「手に入れるなら、いい音、いい弾き心地のものがいい」

ということを書いてきたが、当たり前だ。


でも、自分はそれだけではないのだ。


音がよくないギター

・・・・というか・・・、

「いい音なのだが、微妙好みと違っている音」

「言いか悪いか、というのが言いにくい感じ」

といった、

「何かが違う」

というものを弾くのも、好きなのだ。


気に入ったギターというのは、もちろん、長い時間

弾いてしまう。(全く時間感覚がなくなる)

しかし、自分は

「ちょっと気に入らないギター

も上記の理由で結構長く弾いてしまうのだ。


そうすると、店員さんから、

「気に入りましたか!」

と聞かれてしまったりする。


「まあまあですね」

などとこらえたりするのだが、実は、

「なにか、ちょっと微妙に」

とか、

「弾いていたら好きな音になるかな・・・」

といったことを考えていることもある。


正直に顔に出てしまっていると思うので、

わかる人(わかる店員さん)には、わかると思うのだが・・・


ということで、

いい音のギターをひたすら探して、

というだけでなく、ギターを試奏するのが

好きなのだ。



風景や本と出会うように

人との出会いというのは、大事にすべきものだ。


同じように、ある場所、つまり風景との出会い

大切にしたい。


また、ものとの出会い、特に本とかが強く感じるが、

これも大事にしたい。


そして、ギターともだ。


ギターとは、「出会うもの」なのだ。

一本一本それぞれが違う。

それは、人と会うようでもあるし、

風景と会うようでもあるし、

本と会うようでもある。


そういう試奏、ずっと楽しんでいければ

いいなと思う。


(いつか、自分の最後の一本となるギター

 を手に入れたら、試奏とかしなくなるだろうか・・・)